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あなたの願いが知りたかった

――IMMORTAL IMMORALIST Short piece5

「なんでお前が居るんだよ」
「今日も来てるだろうな、と思って」

 本来ならその店の主が座る席でくつろぐ男――白鳥優史は居た。
 珍しい来客を少しだけ睨むようにしながら見上げる。
 相手は優史がそこに居たのが嬉しいのか満足げに口の端を上げ柔らかく瞳を細めた。

 

「何か用か、七彦?」
「今年も書いて貰おうかなって」
「何が」
「短冊」

 

 スッ、と準備していたらしい赤色の短冊を目の前に来客――鷲尾七彦は差し出した。

 

「あぁ……また今年も立派な笹があるのか、事務所に」
「うん」

 

 これまた準備していたのか七彦はスマホのロックを解除し、すぐに表示された大きな笹の写真見せた。
 引退した元アイドルである優史は懐かしさに目を細める。
 仕事が無ければ顔を出さない日のが少なかった事務所だが、彼にとっては随分と久しく見ていない建物だった。
 現役で所属しているバンドマンの七彦は、それ以上何も言わず優史の言葉を待った。

 

「……今年のも立派だな」
「ああ。でも優史のはこっちじゃなくて『Sweet Flavor』の方にかける」
「そうしてくれると助かる」

 

 七彦のバンドのメンバーが経営している喫茶店『Sweet Flavor』にも笹はあった。
 事務所の社長とは話を付けて、優史は一応円満退社になっている。
 だが、現在も所属する他のアイドル達にはロクな説明をするまもなく、不調を盾に逃げ切ってしまっていた。
 少々大人な対応が得意なバンド系の所属者とは会話することはあっても、一部のアイドル達とはそれこそ顔を合わせるのすら気まずかった。

 

「……というか、別に俺の願いなんかどうでも良いんじゃないか?」
「何故?」
「去年俺に短冊書かせたのは『よく似た別人』の願いごとが気になるからだろ?」
「ああ」

 

 去年、七夕の準備中で短冊を持っていた七彦は、優史に願い事を書かせていた。
 それは彼の願いに興味があったのではなく。
 年を取ったことでより姿と雰囲気が似てきた彼の兄――白鳥健史が「願いそうな事を書くのではないか」という理由だった。
 実際には同じ人物ではないにも関わらず、何度も「兄と重ねられてきた」優史はそれを理解した上で兄から聞き出すヒントを与えたのだ。
 優史は完全な別人である以上、それ以上に求められるものはないはずだと考えていた。

 

「だったら今年は俺の願いは聞かなくても」
「いや、それは……確かに優史は彼とは違うん、だが……」
「なんだ?」
「心配だからだ」
「はい?」

 

 少し声が裏返りながら怪訝そうな顔をして見上げる優史に、七彦は頬をかきながら答える。

 

「事務所の事もあるし、普段は、話しかけるのも躊躇っている、から」
「なるほど? 七夕が口実ってわけか?」
「ああ。それぐらいしか接点が、ない」
「かもな……けど、去年よりは顔色良いつもりだぞ?」

 

 少しだけ照れたように頬を染めながら眉根を下げ、肩はすくめて優史は笑った。
 事務所をやめる少し前から、優史は生きることを放棄するように適当に生活し始めていた。
 それが去年の夏ごろから少しずつ改善され、目の下の隈もなくなり今は随分と元気になっていた。

 

「ああ、知ってる。だからこそ、聞きたい」
「今の俺が何を願うか?」

 

 こくり、と七彦がまっすぐ見つめたまま静かに頷く。
 優史はそれを少し見つめた後、はぁ、と短く息を吐いて手を差し出した。

 

「ん?」
「短冊」
「書いてくれるのか?」
「お前はこの目的を達成するまで帰るつもりは無いんだろ?」

「ああ」

 

 差し出された手に赤色の短冊を載せれば、近くに置いていたペンを手に取り少し悩んだ風にする。
 願い事が浮かばないのか、優史は短冊を見つめたまま七彦に問いかけた。

 

「で、あの人に話は聞けたのか?」
「……寝ぼけてくれなくて」
「なるほど」

 

 ――寝ぼけてる時なら本音を漏らすかもしれない。

 

 要約するとそんな事を優史は去年七彦に伝えていたのだが、実行出来なかったのだ。

 

「ま、あの人は他人に弱みを見せるのは好きじゃないしな」
「ああ、優史も似ている」
「うるせぇよ」

 

 そもそも起きている事が珍しい『ほとんど眠っている男』を思い浮かべながら、二人の表情はどことなく暗くなる。
 男の仕事を助ける為にバンドマンとしての活動を続けながら本来の仕事――軍の手伝いをしていた七彦。
 正体を知りながらも何一つ追求せず、ただほんの少しだけ男が気付かない間に力を貸し続けた優史。
 どちらも白鳥健史と深く繋がりがあるにも関わらず、彼の抱えているものを二人はそこまで知らなかった。
 中々連絡は取れないけど、フラッと元気な姿でそのうち帰ってくる。
 そうあって欲しい、という願いは叶わずに健史に何があったかを隠されてしまっていた。
 会話はそれ以上続かずに、サラサラと優史は短冊に願いを書いていく。
 書き終えると紙を掴んでひらひらと揺らし、ペンを乾かした後七彦に見せる。

 

「はい、これでいいか」
「え」
「なんだよ、文句あるのか」
「ない、が」

 “七彦が幸せになりますように”

 

「……自分の事じゃなくて良いのか?」
「俺は良いんだよ。色々あって去年よりは幸せだから。……ちょっとだけだけど」

 

 ニッ、と笑う表情に曇りはない。
 どこか自暴自棄な雰囲気を醸し出しているように感じていた七彦は、それを本人から聞けて少しだけ安堵した。

 

「ほら、書いてやったろ、とっとと帰った帰った」
「去年も似たような会話をしたな」
「はいはいソーデスネ」

 

 適当に扱われるのすら嬉しく感じた七彦は、満足げに短冊を仕舞った。
 それから、今度は3枚新しい短冊を出してきた。

 

「ん? なんだ?」
「店の人達の分。良かったら」
「……良いのか? 結構よろこんで書くぞあの人達」
「うん、また取りに来る」
「了解」

 

 受け取ると、まるで自分の机かのように優史が短冊をそこに置いた。
 七彦の方を見上げると柔らかい表情で言った。

 

「……聞けると良いな、願い事」
「ああ、粘ってみる」
「頑張れ」

 

 今度こそ立ち去ろうとして、七彦が呟いた。

 

「そうだ」
「ん?」
「聞けたら優史にも、教える」
「っ……」

 

 大きく目を見開いて、優史は七彦を見つめた。
 正直言えば興味はあった。
 優史にとってほとんどの事を知らないが、大事にされてきた相手なのだ。
 ふ、と息を吐きだして、アイドル時代にも見せなかった柔らかな声音で言った。

 

「……それはしなくていいよ、七彦」
「え、でも……」
「教えてくれる日が来るとして、だ。それはお前だけが知ってればいいんだ」
「……わかった」

 

「叶えるのに必要なら呼んでくれ」
「その時はそうする」
「よし」
「じゃあ、また」
「ああ、またな」

 

 相変わらずまるで店主のように座ったまま、優史は七彦を見送った。
 今年もこれから、健史に願いを聞きに行く。
 動くのもままならない身体の、七彦にとっての生みの親。

 去年はぎりぎりになってしまったから早めにするのだ。
 そう思って扉を開けると、ベッドの上には誰も居なかった――。

 

投稿日 :2023/07/09

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