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かける願いは誰のため

――IMMORTAL IMMORALIST Short piece4

「なんて所でぼーっとしてるんだ」
「どこにいようと俺の勝手だろ。なんだよ七彦」

 まだ6月末とは言え湿気が洒落にならない時期、一日で一番気温が上がる2時頃。
 頼まれた買い物を済ませて事務所に帰る途中だった男――鷲尾七彦はビニール袋を片手に彼の前に立ち声をかけた。
 陽射しが直に当たる公園のベンチで移動するでも何か食べるでもなく、ただぼーっとしていた人物――白鳥優史は面倒くさそうに答えた。

 ベンチに腰掛けたまま、直射日光を遮る影を作る七彦を赤と黒のオッドアイの瞳で不服そうに睨む。青のパーカーに白のTシャツ、それからジーパンというラフな格好をしているので散歩だろうか。七彦は適当に検討をつけながら会話を続ける。

 

「優史になにかあったら困るから」
「……ちゃんと意識あるだろ、大丈夫だって」
「このままここでじっとしてたら危ない」
「すぐに移動するって」
「嘘だ。そう言って俺を追い返した後そのままあわよくば、と思ってるんだろう。動くまで俺もここに居るぞ」
「はー……お前のその嘘センサーはなんなんだよ」

 

 優史は同じ芸能事務所に所属していた頃から何度となく七彦に図星をつかれていた。
 うんざりした表情をしながらため息をつくと、面倒くさそうに優史が立ち上がる。わざとらしく肩をすくめて笑った。

「ほら、立ったぞ。これでいいのか?」
「家に帰るか猫ノ目書房に行くまで見届ける」
「お前は俺の保護者かよ」
「そこまでしないと優史はここに戻ってくる」
「……わかりました。猫ノ目書房に行きます」
「ついていく」
「ああ、そう。勝手にしろ」
「勝手にしている」

 口論になれば優史は強いのだが、素直に認められると返す言葉を失ってしまう所があった。
 はぁ、とため息をついて公園を出る為に優史が歩き出すと、七彦が横に並んだ。

 

「お前それ、お使い中じゃないのか?」
「ああ、七夕の準備だ」
「ああーもうそんな季節か。今年も飾ってあんの、大きな笹」

 

 雨が降っても良いように事務所の中に毎年笹があった。吹き抜けの2階天井に届くそれは立派にも程がある。それを手の空いている者が運んで来るのが慣例で、采配を振るっていたのは優史だった。
 懐かしみながら優史が思い出していると、七彦がスマホを操作して画面を見せる。

 

「ん」
「七彦、歩きスマホはやめろ」
「ごめん」
「……けど、今年も立派だなぁ。もう少し小さくてもいいのに。大変だろ?」
「運ぶのは大変だけど、きれいだよ」
「そうだな。今は誰がまとめてるんだ?」
「香織さん」
「……あいつなら、適任だろうな」

 そういうと、苦々しい表情を浮かべ優史が唇を噛む。
 それは優史と同じアイドルユニットのメンバーで、誰よりも仲が良く信頼していた相手。金髪に赤い瞳の小柄で俺様キャラで定着してしまったが裏では穏やかでおどおどしている男――弓原香織のことだった。
 焦ると混乱するが、落ち着いていれば冷静にかつ的確な指示をすることが出来る人物。

 そして、優史が事務所を辞める原因を「無自覚な優しさ」で作ってしまった男でもあった。
 七彦には何故優史がやめたかまではわかっていなかったが、彼にとって良い話ではないのは理解出来た。

「あ、ごめん。優史は……」 
「良い、聞いたのは俺だから気にすんなよ」
「ありがとう」

 俯きがちになった七彦の持つビニールを見て、優史は話を変えた。

 

「その中身ってことは、飾り付けするんだな?」
「ああ、喫茶店のSweet Flavorの方も一緒に。やることが沢山ある」
「そうか、お前が楽しそうで何よりだよ」
「……楽しそうに、見えるか?」
「出会った時よりちゃんと顔に出てる。笑えてるよ、気にしてたのか」
「色んな人に『無表情』と言われ続けたら、多少は」
「そうか。それは悪かったな」
「でも、優史は最初に会ったときしか、言わなかった」
「……そうだっけ?」
「そうだ」

 

 忙しかったせいか優史には思い出せないそれを、七彦は嬉しそうに頷いた。
 白鳥優史は自分がした失敗や迷惑をかけた事はよく覚えているが、他人の為にした行いは良く覚えていないか無意識でしている人間なのだ。

 

「……あ、短冊」
「ん? 足りなかったか?」
「優史も書くか?」
「突拍子もないな。俺の名前が書かれた短冊があったら驚くだろ」
「店の方ならわからない、こっそりかけとく」
「俺が何書くかがそんなに気になるのか?」
「とても」
「素直かよ……」

 キラキラ輝く純粋な好奇心に満ちた瞳で見つめられて、優史は額に手を当てた。
 ちょうど猫ノ目書房の前についたので、七彦の前に手を出す。

 

「……貸せよ、書くから」
「嫌がられるかと思った」
「お前は書けばすぐ帰るけど、そうじゃなかったら暗くなるまで帰らないだろ」

 

 ガサガサと袋を漁って短冊を笑顔で渡すと、七彦は頷いた。

 

「優史は捕まえるのが難しいから」
「人を虫か獣みたいに言うんじゃねぇよ」
「そんな風には思ってないけど」
「……そうだよなぁ、お前は本当に素直なだけなんだよな」

 

 店の中へと促し、優史は店主の許可を得ると、短冊を書く為に奥へと消えていった。
 その間、七彦は店の看板猫である白猫と店の隅の開けてあるスペースで戯れていた。

 

「はい、これでいいか」
「“事務所の皆が幸せになりますように”?」
「読み上げんじゃねぇよ、満足しただろ。帰った帰った」
「自分の事、お願いしないの優史らしいね」
「やめろ、真っ直ぐに言うな。見るな。恥ずかしくなるから。そして早く帰れ」
「ああ。ちゃんと結んでおく。叶うように頑張る」
「はいはい、頑張れ。俺はもう部外者だからな」

 

 顔を赤くして手で追い払うようにする優史に、七彦は微笑むと身体の向きを変えようとした。

 

「じゃあ、また」
「……あ、七彦」
「ん? 別れが寂しくなった?」
「ならねぇよ。一個だけ聞こうと思って」
「何?」
「願いが気になったのは俺のことか? それともよく似た誰かか?」
「両方。よく似た誰かも優史と同じで『それらしいこと』を書いて自分の願いごとは書いてくれない」
「……あ、そう」
「そう」
「引き止めて悪かったな」
「優史と話せるのは嬉しい」
「あーやめろ、素直すぎて俺には眩しいから」

 頬を少しかいたあと、優史はポツリと言った。

 

「……短冊渡すより寝ぼけてる時に聞いてみろ」
「え?」
「結構ポロッと思ってる事言うぞ、『よく似た誰か』は」
「ありがとう!」
「まだ聞けてないんだからお礼を言うんじゃない」
「手伝おうとしてくれたのは分かるからありがとう!」
「……どういたしまして。さあ今度こそ帰れ」
「うん、またね!」
「おう、じゃーなー」

 

 優史が軽く手を振りながら見送ると、七彦は何度も振り返って大きく手を振り返しながら遠ざかっていった。
 七彦の影も見えなくなった頃、優史は呟きながら店の中へ戻っていった。

 

「……自分で作ったもん人型にするなら感情までちゃんと教えといてくれよ、兄さん」

 

 ◆

 

「いつから居た?」
「32分前から」

 健史がベッドに横になったままゆっくりと目を開けると、すぐ近くに立っていた七彦が答えた。

 

「そんなに正確に答えなくていいぞ。何しに来たんだ?」
「短冊を書こうかなって」
「……俺と、か?」
「うん。去年も書いたから」
「一人で書いて良いんだぞ?」
「こういうのは続けると良いって」
「誰が言ったんだ、そんな事」
「今日読んだ本に書いてあった。続けるうちに習慣になるって」
「へぇ、本読むのか」
「最近よく読んでる」
「ん? ……何を習慣にする気だ?」
「七夕の短冊を定番行事にしようと思って」
「そ、そうか。……俺の願い事がそんなに気になるのか?」
「うん。だから聞きに来たんだけど」
「何度来たって短冊には書かないぞ」
「知ってる」
「え?」

 少し前に優史に聞いたことを試そうとしていた七彦は、ごまかすように笑ったが言葉は素直だった。

 

「目が覚めるのが早かっただけ」
「……誰かに、悪いこと教えられたろう、七彦」
「悪いことじゃないよ」
「本当か?」
「少しだけ、ズルい助言をされただけ」
「……一緒じゃないか?」
「悪いことだとは思ってない。それより今年のお願い事書こう、七夕終わっちゃう」
「そんなに、寝てたか?」
「うん。今日はもう当日。大丈夫?」
「……お前ここに居て大丈夫なのか、仕事は」
「話をしていたら少し抜けて良いって七尾さん達が」
「そうか、じゃあ早くしないとな」

 

 去年と同じように、でも去年より短い時間を噛みしめるように過ごす。
 七彦は創造主の自分自身ではなく他人への祈りとも言える願いを今年も紙に書き記したのだった。

 

投稿日 :2022/07/07

内容修正:2022/07/08

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